columnひとみの本棚

おだやかな陽ざしの中、元気に飛び戻ってくるミツバチの羽音を巣箱のそばで聞いたことがありますか? ミツバチやその他のハナバチ類は、日本はもとより世界の多様な自然の中で、その環境を保全し、人々の暮らしを豊かにする働きを担っています。
「Harmony on Diversities」いろいろな植物と動物が、本来のいき方をつづけ、豊かに持続的に、響きあいながら命をつないでいける環境。ミツバチもそんな環境を求めています。ヒトとの関わりがどの昆虫よりも長く多様な、ミツバチとその養蜂について考えてみましょう。

榎本ひとみ
アジア養蜂研究協会(AAA)設立時より21年間事務局コーディネーターを務め、アジア各国(オセアニア、中東を含む)で1994年より隔年開催された大会の準備などで、各国関係者と交流、多様な養蜂事情を学んだ。現在は役員。またAAA会報「Bees for Development Journal」や玉川大学ミツバチ科学研究センター発行の季刊誌「ミツバチ科学」などを通じて、欧米の関係組織とも交流、国際養蜂協会連合(APIMOMDIA)国際養蜂会議に数回出展、参加した。

6月25日, 2022年

ヒマワリが象徴するものとその力

EPSON MFP image

2月24日にウクライナへのロシアによる侵攻が始まった.この日,ウクライナ南部,ヘルソン州の港町ヘニチェスクでロシア兵と対峙したひとりの女性が,兵士にヒマワリの種を手渡し,なぜ彼らが私たちの土地に来たのかと質した.さらに,ヒマワリの種を兵士等のポケットに入れておくように,そうすればあなたたちが死んでウクライナの土地に埋められたときに,種からヒマワリが育ち花咲くだろうからと叱責.こうしてウクライナの国花であるヒマワリ(ウクライナ語ではsoniashnyk)は抵抗のシンボルとなった.   Stephen Fleming, Bee Craft June 2022

英国の養蜂雑誌ビークラフトの6月号で編集長のステファン・フレミングが,ウクライナとヒマワリについて書いた記事をご紹介します.

ウクライナは2020/21年に1750万トンのヒマワリの種を生産し,これは世界最大の生産量だ.ヒマワリ油の輸出量も世界最大で,ヒマワリはウクライナ経済の重要な品目である.

全人口に対する養蜂家の割合が世界最高レベルであるこの国で,養蜂家はヒマワリを大変重要視している.他家受粉の植物であるヒマワリは,大きく目立つ花で多様なハナバチを引きつけているが,最大のポリネーターはミツバチである.

黄金色のヒマワリハチミツは多彩なハチミツが並ぶ陳列棚でもひときわ目を引くだろう.エバ・クレインはその著書でひまわりのハチミツ生産量をクラス2に分類.1ヘクタールあたり26-50kgが生産され,ハチミツ生産を目的に生育させる価値がある数少ない農作物の一つであるとしている.ヒマワリハチミツはその糖組成から格別に結晶化が早く,採蜜後20日から2ヶ月でクリーム状に結晶し,液体の時よりもさらに明るく鮮やかな黄色になる.ハチミツソムリエのサラ・ウィンダム・ルイスはその味わいを,舌に乗せると奥深い甘みだが,柑橘系の酸味やカクテルで使うビター類のようなわずかな塩気も感じることがある,と表現した.

画像はアピモンディア2013でキーウを訪れた日本の養蜂家が撮影した,養蜂博物館に飾られていたウクライナの蜂場風景画です.

ウクライナのヒマワリ事情が世界に影響を

ウクライナでの戦争は世界の食糧供給に暗い影を落としている.ヨーロッパのパン篭と呼ばれてきた豊かな国だが,ヒマワリも主要農作物であり,ウクライナ産ヒマワリ油生産量は全世界の60%近くにのぼり,調理や料理材料として広く使われている.しかし今年,ウクライナの農民はかつてない困難に直面している.ヒマワリ種子だけでなく,肥料や農業機械の燃料を入手できないのだ.

アメリカ大陸原産のヒマワリは17世紀初頭にスペイン人により欧州にもたらされた.18世紀中頃までにはウクライナにも導入されていて,種子を食べ,油を料理に使い,キリスト教の正教会が四旬節期間中に使用を禁じていたバターとラードの代替品としてヒマワリ油は利用されていたという.

主要生産地であるウクライナ東部の国境地域はロシア軍に占領されており,黒海の港湾をめぐる抗争で油貯蔵施設は破壊された.ウクライナでは通常ヒマワリを4月から5月に播種して9月から10月に収穫するが,人々が戦火を逃れて移動しており,農作業の人手は足りない.

世界の市場ではヒマワリ油に代わる油料が探し求められており,英国の小売り業Iceland社は環境問題などに配慮して購入を停止したパーム油を再び買わざるを得なくて残念だと発表している.

キーウの養蜂博物館の別の絵にはロシア正教会修道院内の蜂場が描かれていました.金色のタマネギ型の屋根が見えます.大型の巣箱が使われているようです.

平和のシンボルとしてのヒマワリ

ヒマワリは平和の象徴でもある.鮮やかなヒマワリの絵画で有名なビンセント・バン・ゴッホは弟に当てた手紙のなかでこのように書いている: 「戦争からは悲しみ以外生まれてこない.そこにあるのは破壊だけなんだ」.

1996年6月に米国,ロシア,それにウクライナはウクライナの核兵器軍備縮小で合意し,ぺルボマイスクミサイル基地にヒマワリを植えた.1986年チョルノービリで起きた原子炉暴走・爆発事故においても,科学者たちはヒマワリを植えている.それはこの植物が “ハイパーアキュムレータ” として, 非常に高濃度の金属を含む土壌や水の中で成長し、その根を通じてこれらの金属を吸収し,植物体に非常に高レベルの金属を濃縮できるからだ.同様の作付けは日本でも2011年の福島第一原子力発電所事故の後にも実施された.

今日,メリーランド州自然資源局からアイルランドのツロウ市まで,赤十字社への寄付を集めている世界中の団体や組織が,自分たちもヒマワリを播種してウクライナの人々との連帯を示そうとしている.

ヒマワリ(Helianthus spp.)

ヒマワリ属には約70種がある.ギリシャ語で太陽を意味する helios と 花を意味する anthus から作られた.フランス語の tournesol は,若いヒマワリが太陽を追って花の向きを変えることをしめすが,成熟すると花は太陽を追わずに東を向きつづけ,早朝から陽を浴びてポリネーターを集めようとする.

花の構造は頭花で,最大2000個にもなる小さな管状花が円盤状にならび,その周囲を舌状花がかこむ.まず一番外側にある舌状花が咲き開き,管状花も外側から段階的に内側へと咲いていく.

一つの頭花に1000から2000個の種子ができる.

種子には2種があり,油糧用と食品用にわけられる.油糧用は見た目は真っ黒で植物油を採取して使うものと,食品用は黒白の縦縞でローストされてから販売される.

ヒマワリは種類が多く品種改良も進んでいる.もっとも背が高い種類では9mを越えたとの記録があり,丈の低い品種も増えてきた.

花の色は黄色だけでなく,赤色,オレンジ色,紫色,さらに茶色まで多彩である.