クラフト飲料産業の興隆に乗る形でミードが復活しようとしていると,2018年にコーネル大学ホテル学科のD.ミラー講師はヴォーグ誌の記事でのべていました.
「クラフト飲料が大注目され,ビール,蒸留酒,リンゴ酒などの小規模に手造りで製造管理する醸造所が全米で雨後の竹の子のように出現している.それに比べ,ミード醸造は今のところほぼ手つかずで,今後大きく伸びる可能性がある」.
ミードはこんな色合いが一般的.
「かつてミードのかわりに飲まれたジン,メスカル(テキーラ),ビールなどのアルコール飲料は,料理業界の多様化と変遷に伴って,それぞれ大きく消費を延ばした時代があった.はやり廃りも経験している.しかしミードはそこが異なり,100年以上忘れられたままだった」とのこと.ニューヨーク近郊だけでも2009年,16年,17年に立てつづけに3軒が開店.アメリカミード酒造協会(AMMA)によると,ミード醸造所は合衆国内に500個所あり,現在は3日に一軒のスピードで,新規開店するほどだそうです.
アレキサンダー大王のインド遠征でサトウキビから甘い液を得られることを知ったけれど,サトウキビ栽培が難しい欧州にとって砂糖はイスラム勢力から入手する超高級品であり続け,ハチミツの甘さ,ミードの甘い飲み口と酔い心地に代わるものはなかなか登場しませんでした.17世紀にカリブ海に領土を得た英国がアフリカ人奴隷による大規模農園での砂糖生産をはじめ,西インド諸島で生産される砂糖が,東インド会社が東洋からもたらす紅茶,コーヒー,チョコレートと共に広く消費される時代がついに到来.さらに19世紀になるとフランス,ドイツなどで砂糖だいこんから甜菜糖が作られはじめたことにより,砂糖価格が下落しました.ホップを使ったビールやワインも人々の手が届くようになり,18~19世紀にはミードの存在感が薄れていきました.西欧世界の片隅に100年以上追いやられていたミード,本当にブレイクするのでしょうか.
このたびのオンタリオ州の便りではブレイクしたようですね.
写真は2003年スロベニア・リュブリャナでの第38回国際養蜂会議 アピモンディアの展示会場で手に入れたミードの小瓶です.経年でミードの色が濃くなり,ガラスに書かれたスロベニアの文字が見えにくくなりましたが,もともとは薄い琥珀色でかなり甘めでした.寒い季節向けに強い蒸留酒にハチミツを入れて飲みやすくした疑似ミードも愛飲されているようでした.そのあたりが,昔風のミードの楽しみ方といえるのかな.
そしてこちらは2019年のアピモンディア@モントリオール.見学旅行でケベック州を数時間北上して訪れた女王蜂養成蜂場で,到着早々にこんなロゼ色のミードを振る舞われました.「ハチミツは年により生産量が上下するので,安定経営のためミードや蜂ロウを使った化粧品の商品開発にも力を入れている.むやみに養蜂規模を拡大するのでなく,より少数の蜂群でより大きくねらい,地元の若者の雇用機会を多様にふやす」ことが若き経営者の方針でした.
立派な醸造設備とオーク樽がならぶ酒蔵で醸造される,シェリー風やフルーツで風味付けしたものなど色々な種類のミードを見学.原料はraw honeyで,そのナチュラルな夾雑物を販売用ボトルには入れないけれど,発酵熟成用樽まで残しているとのこと.
1泊2日の訪問中に様々なミードを試飲できました.ワインサイズの瓶で,同じように飲める軽めの仕上がりが多く,復活したミードのトレンディなラインナップだったのですね.