columnひとみの本棚

おだやかな陽ざしの中、元気に飛び戻ってくるミツバチの羽音を巣箱のそばで聞いたことがありますか? ミツバチやその他のハナバチ類は、日本はもとより世界の多様な自然の中で、その環境を保全し、人々の暮らしを豊かにする働きを担っています。
「Harmony on Diversities」いろいろな植物と動物が、本来のいき方をつづけ、豊かに持続的に、響きあいながら命をつないでいける環境。ミツバチもそんな環境を求めています。ヒトとの関わりがどの昆虫よりも長く多様な、ミツバチとその養蜂について考えてみましょう。

榎本ひとみ
アジア養蜂研究協会(AAA)設立時より21年間事務局コーディネーターを務め、アジア各国(オセアニア、中東を含む)で1994年より隔年開催された大会の準備などで、各国関係者と交流、多様な養蜂事情を学んだ。現在は役員。またAAA会報「Bees for Development Journal」や玉川大学ミツバチ科学研究センター発行の季刊誌「ミツバチ科学」などを通じて、欧米の関係組織とも交流、国際養蜂協会連合(APIMOMDIA)国際養蜂会議に数回出展、参加した。

2月21日, 2020年

ミツバチヘギイタダニ その1

 ミツバチヘギイタダニはバロア病の原因とされるミツバチの寄生ダニです.ミツバチの体中ではなく,外部寄生性で肉眼でも見ることができます.ミツバチの生活環で,成蜂と蜂児期のどちらにも寄生して,有害な病原菌をコロニー内だけでなく,外の他のコロニーにまで感染させます.元々はトウヨウミツバチに寄生していました.

 多くのハプロタイプを含むバロア属のうち,Varroa destructor だけがセイヨウミツバチに大きな被害を与えます.ミツバチヘギイタダニが宿主の蜂群に有害な打撃を与える複雑な関係と病害をバロア病と呼びます.トウヨウミツバチはバロアダニと長い年月接触がありましたが,セイヨウミツバチは近年になり初めてこのダニに侵入されたので,これまでのところダニに対抗する手段をなにも獲得しておらず,蜂群を維持できなくなるほどの激しい被害を受けてしまうのです.
 バロアダニの生活環はミツバチコロニー内で完結し,多くの時間を有蓋巣房内で守られて過ごします.内勤蜂はダニに手が出せないわけです.雌の成ダニは蓋を掛けられる直前の蜂児巣房に入り込み,ふたがされた後に産卵を始め,最初には必ず雄の卵,その後は雌の卵を産みます.ダニの卵は若虫から成熟して成ダニとなり,巣房にいるミツバチ蛹の体表からその体液と脂肪体を吸い取ります.ダニに寄生されたミツバチは成蜂となって巣房から出ても,寿命は短く,多くの能力を十分に発揮できず,病原体をコロニー内に拡散してしまいます.有蓋巣房内で親ダニから生まれた雄ダニと雌ダニは交尾し,蜂の羽化に合わせて雌ダニが出房します.一方,交尾後の雄ダニと,産卵時期が遅く,蜂の羽化時にまだ未成熟な雌ダニは巣房内で死にます.バロアダニはその寄生先として,雄蜂の幼虫を働き蜂幼虫の10倍の確率で選びます.その理由は,雄蜂の巣房内での生育日数が雌蜂に比べて長いため,その間に成熟できるダニの数がより多くなり,ダニにとって有利な条件だからです.
 ミツバチヘギイタダニに感染された蜂群は,その寄生率を抑制しない限り,やがて死に絶えることになります.多数のダニに寄生されていると,採餌や育児,群の防御など蜂群の通常な営みが十分行えず,社会性昆虫としての機能が低下,蜂群の崩壊へと向かいます.ミツバチヘギイタダニの感染は蜂群の内検では明らかにならない場合もあります.宿主が死に絶えても,ダニは命運を共にすることなく,新しい寄生先に移動できます.弱った蜂群の貯蜜をねらって健康な強勢群から盗蜂がくるので,ダニは素早くこの蜂に取り付いて,近隣の新しい蜂群に向かうのです.