columnひとみの本棚

おだやかな陽ざしの中、元気に飛び戻ってくるミツバチの羽音を巣箱のそばで聞いたことがありますか? ミツバチやその他のハナバチ類は、日本はもとより世界の多様な自然の中で、その環境を保全し、人々の暮らしを豊かにする働きを担っています。
「Harmony on Diversities」いろいろな植物と動物が、本来のいき方をつづけ、豊かに持続的に、響きあいながら命をつないでいける環境。ミツバチもそんな環境を求めています。ヒトとの関わりがどの昆虫よりも長く多様な、ミツバチとその養蜂について考えてみましょう。

榎本ひとみ
アジア養蜂研究協会(AAA)設立時より21年間事務局コーディネーターを務め、アジア各国(オセアニア、中東を含む)で1994年より隔年開催された大会の準備などで、各国関係者と交流、多様な養蜂事情を学んだ。現在は役員。またAAA会報「Bees for Development Journal」や玉川大学ミツバチ科学研究センター発行の季刊誌「ミツバチ科学」などを通じて、欧米の関係組織とも交流、国際養蜂協会連合(APIMOMDIA)国際養蜂会議に数回出展、参加した。

12月22日, 2021年

ミツバチによる農作物花粉交配の価値  その1

 ミツバチの花粉交配により農作物の品質がより優れたものになり,市場で販売可能な日数が伸びるなど,商品価値が向上します.しかし,ミツバチやマルハナバチなどのハナバチかその他のポリネーター/花粉媒介者が送粉することで,その対象となる農作物にどのようなメリットを与えているのか,品質向上などについての総合的な研究は限定されており,科学的に裏付けされた具体的な数字が少ないのが実情.そのため国際政治などの場において,ポリネーターによる花粉媒介の価値は低く見られがちです.

 世界の主要農作物の75%以上は昆虫類や鳥類・哺乳類などのポリネーターに依存しており,このような送粉サービスが日本の農業生産においては約4,700億円に相当すると試算されました.近年の気候変動や生態系の劣化等の影響により,国内外で花粉媒介昆虫は減少しつつあります.農作物の生産においてポリネーターが担っている重要な役割を,わかりやすい数字で示すことによってひろく認識を高めようとの目的で,ドイツの研究者等がイチゴ生産における花粉交配の種類とそこで生育したイチゴ果実の市場価値について詳細な研究を行いました.その報告は最古の学会として世界中に知れ渡っている英国王立協会の紀要(生命科学版、Proceedings of The Royal Society B)に掲載されました.https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2013.2440

 ポリネーターを制限する試験からは,ミツバチが花粉交配を行えばそこから生産されるイチゴ果実は,風媒または自家受粉によってできたイチゴ果実にくらべて品質,生産量および商品価値が上がるとの結果をえました.具体的には,ミツバチに送粉された果実は重量が増して,変形したものは減少,出荷時の等級はより高いものになり.さらに果実の赤みや甘みは増して,酸味が低下していたのです.

図の説明: (b)出荷時の等級.花粉交配の種類(ミツバチ,風媒,自家受粉)ごとに生産された果実の等級を分類した.G1/E: 1級または特級,G2:2級,NM:等外,出荷できず.

 品質向上は出荷時の評価だけではありません.しっかり充実した果実に育つので,イチゴがすぐにつやを失いしぼんでくることや,カビが生えることがなく,商品として店頭に並べうる時間が延びることも判明.日持ちが良く,より長い賞味期限をもつことで,果実の廃棄を少なくとも約11%減少させることもわかりました.EU圏内で2009年に販売されたイチゴは合計で290万米ドル,このうちミツバチ花粉交配によるものは144万米ドルでした.つまり32万米ドル分(290万x0.11)が,十分な送粉サービスを受けて優良な品質だったので,廃棄されずおいしく消費されたイチゴに相当します.