columnひとみの本棚

おだやかな陽ざしの中、元気に飛び戻ってくるミツバチの羽音を巣箱のそばで聞いたことがありますか? ミツバチやその他のハナバチ類は、日本はもとより世界の多様な自然の中で、その環境を保全し、人々の暮らしを豊かにする働きを担っています。
「Harmony on Diversities」いろいろな植物と動物が、本来のいき方をつづけ、豊かに持続的に、響きあいながら命をつないでいける環境。ミツバチもそんな環境を求めています。ヒトとの関わりがどの昆虫よりも長く多様な、ミツバチとその養蜂について考えてみましょう。

榎本ひとみ
アジア養蜂研究協会(AAA)設立時より21年間事務局コーディネーターを務め、アジア各国(オセアニア、中東を含む)で1994年より隔年開催された大会の準備などで、各国関係者と交流、多様な養蜂事情を学んだ。現在は役員。またAAA会報「Bees for Development Journal」や玉川大学ミツバチ科学研究センター発行の季刊誌「ミツバチ科学」などを通じて、欧米の関係組織とも交流、国際養蜂協会連合(APIMOMDIA)国際養蜂会議に数回出展、参加した。

12月22日, 2021年

ミツバチによる農作物花粉交配の価値  その2

 写真は2019年5月に米国デラウエア大学の園芸指導専門家G. Johnsonさんが大学のサイトに掲載したイチゴです.

「春に生産されるイチゴでこのような変形が起きる場合,その多くは花粉交配が不十分なことが原因だ.花粉が十分に,まんべんなく媒介されれば,最多で500個にもなる果実表面の種(そう果)がそろって結実,周囲の花托(イチゴの可食部分)が成長し,最大・最良品質のイチゴが生産できる」.

 私が子供の頃には写真と同様のイチゴをよく目にしました.でも今は日本の店頭でこんな状態のイチゴはまずありません.1970年代以降イチゴ生産施設内にミツバチをポリネーターとして導入する技術が広まったおかげです(2019年2月のブログ 施設園芸の花粉交配 参照).でもデラウエア州ではほんの数年前にも大学の園芸指導員が州内の生産者に注意を促そうと思うくらい,イチゴ生産で課題があるのですね.施設内にミツバチの巣箱を置いてというスタイルではないのかも.デラウエアはロードアイランド州につづいて米国で2番目に小さな州で,州内のイチゴ生産者は40名ほどです.しかし全米の果実生産量ではリンゴに次いでイチゴが第2位です.日本国内の生産量が限定される夏季を中心に,大産地のカリフォルニアから日本にも空輸されています.ケーキの上の丸くて小さめ,赤みは弱め,皮がやや固い感じのイチゴ,思い当たりませんか.米国では大規模な露地栽培が多く,野生のポリネーターだけでは花粉媒介が間に合わない状況は多々ありそうです.

 Johnsonさんの解説は続きます. 「イチゴの花にはおしべもめしべもあり,自家受粉が可能である.また風や雨の働きで花粉がめしべに移動して授粉できる(風媒).しかしこれらではすべてのめしべへの十分な交配は難しい.それで写真のように実の一部は赤く膨らむが,一部は緑のまま種がそだっていない変形した果実ができやすくなる.一方,ミツバチやマルハナバチがイチゴの花を訪れると,はるかに良好な花粉交配が行われる.イチゴは花蜜を大量に出してはいないのだが,蜂は花の上でぐるぐる回り,時間をかけて採餌する.体に花粉を付けたまま別の花に行けば,異花受粉が実現する.一つの花が開花中に蜂が16-25回訪花することが望ましい.果実の一部が緑で,種が小さいまま残る変形果は,十分保護されていない露地栽培や,開花期に降雨や嵐,寒気が重なった場合に発生しやすい.

 写真の変形果の中には不十分な花粉交配以外が原因のものもある.カメムシの仲間はイチゴの花に口を刺して吸汁する.その実は変形して生長するが種はすべて育つので,見分けられる.ホウ素不足も変形の原因になる」.