columnひとみの本棚

おだやかな陽ざしの中、元気に飛び戻ってくるミツバチの羽音を巣箱のそばで聞いたことがありますか? ミツバチやその他のハナバチ類は、日本はもとより世界の多様な自然の中で、その環境を保全し、人々の暮らしを豊かにする働きを担っています。
「Harmony on Diversities」いろいろな植物と動物が、本来のいき方をつづけ、豊かに持続的に、響きあいながら命をつないでいける環境。ミツバチもそんな環境を求めています。ヒトとの関わりがどの昆虫よりも長く多様な、ミツバチとその養蜂について考えてみましょう。

榎本ひとみ
アジア養蜂研究協会(AAA)設立時より21年間事務局コーディネーターを務め、アジア各国(オセアニア、中東を含む)で1994年より隔年開催された大会の準備などで、各国関係者と交流、多様な養蜂事情を学んだ。現在は役員。またAAA会報「Bees for Development Journal」や玉川大学ミツバチ科学研究センター発行の季刊誌「ミツバチ科学」などを通じて、欧米の関係組織とも交流、国際養蜂協会連合(APIMOMDIA)国際養蜂会議に数回出展、参加した。

7月20日, 2020年

ハチミツを傷口に その2 甘い殺菌者

 今日世界中で300種以上の多様なハチミツが生産されています.ミツバチが訪れて,花蜜を集めてくる花の種類が違えば,それを元に作られるハチミツもそれぞれ異なった性格を持ちます.口器で吸い上げた花蜜をミツバチは腹部にある蜜胃に貯めておき,巣に戻ると,蜜胃の中身を貯蜜巣房にはき戻します.
 写真はオーストラリア北部のアボリジニのご夫婦が野生のハナバチの蜜を採集しているところです.甘い蜜を食料として,また感染症用軟こうや薬として使います.プロポリスは道具づくりや防水に活用.洞窟の壁画に使った人々もいたそうです.

 花蜜をはき戻すと言っても,人間の場合と同じだと考えないで下さいね.蜜胃はいわばコロニー全体で共有する一時的貯蔵スペースで,ミツバチ自身が栄養を消化吸収する臓器とは弁できっちり仕切られているのです.
 巣箱内で一連のプロセスを経て,花蜜はハチミツへと,高い酸度,高い糖度,そして強い粘性をもつ複雑な物質へと変化していき,その中では細菌が増殖できません.ハチミツ中の最有力殺菌成分は過酸化水素であることが2012年の研究で判明しました.あらゆるハチミツが,程度の差はあるにせよ過酸化水素を発生するとカーター博士は説明します.なぜならミツバチ唾液中の酵素が,花蜜からハチミツへの熟成作業中に混ざるからです.このグルコースオキシダーゼと呼ばれる酵素は,ハチミツが水で希釈されるとブドウ糖を分解し,過酸化水素を発生させます.過酸化水素は消毒薬として広く使われる物質です,
 過酸化水素より強力な,ずば抜けた殺菌力を示すある種のハチミツが研究者の関心を集めました.それがニュージーランドの在来植物マヌカの花蜜から作られたハチミツ,マヌカハニーです.カーター博士によれば,マヌカハニーの抗菌活性は,マヌカの花にある化学物質,デヒドロキシアセトン(DHA)由来であり.ハチミツ中でDHAはメチルグリオキサール(MGO)となります.これは糖の一種で,望ましくない細菌を攻撃します.人類や他の生物は良く発達した酵素システムをもっていて,それでMGOを制御できます.一方細菌類はそうはいかないのです.